死の力〜来し方、行く末〜 Memento mori
生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く
死に死に死に死んで死の終りに冥し
(空海『秘蔵宝鑰』)
ロングインタビュー 8ページ
生類の命と大調和の世界
語り/石牟礼道子 聞き手・撮影/佐伯剛
半世紀前から今日まで多くの犠牲者を出した水俣病と、現在も深刻な状況であり続ける福島原発の事故は、ともに同時代の受難だ。この時代が生み出した矛盾と軋轢を一身に背負い、悶えながら、祈るようにして人間を含む自然界の大調和の世界を編み込んでいく石牟礼さんの言葉は、重篤なご病気の中で、いっそう深さを増している。
☆Man and Dog 16ページ
一人暮らしの父が、死の直前に、犬を飼い始めた。
病によって衰えていく父と、父に寄り添う犬を撮り続ける写真家。そして、父が亡くなった後、写真家は、父が生きていた場所を訪ねる。父の不在を通して、父の存在や、父を媒介にして自分へと受け継がれていく命が、浮かび上がってくる。父の傍にいる犬は、父が衰弱するほど霊性を帯びており、霊界の遣いのようである。
写真・文章/木村肇 HOMEPAGE
☆日光山霊異記 18ページ
古代より霊験な磁場を持ち、山岳宗教の聖地として、修験道の霊場として、多くの修行僧を引きつけてきた奥日光。30年以上前からこの地に暮らし、通い、自然界の深層に目を凝らしてきた写真家。この聖地もまた、3.11以降、放射能の影響を多大に受けている。
写真・文章/宮嶋康彦 HOMEPAGE
☆EXILES 20ページ
今なお現役の写真家のうち、世界で最も注目され、重要な写真家の一人、ジョセフ・クーデルカ。1968年のワルシャワ条約機構軍のプラハ侵攻を撮影した写真は、世界的に発信されたが、その写真によって、彼は、亡命することとなり、ヨーロッパ各地で、EXILESのシリーズを撮影する。人生の陰影が深く刻み込まれ、生と死の境界が溶け合う写真は、俗世間のしがらみ、因習、私利私欲を超越した者の目に写る世界だ。
☆水俣の痛み〜半世紀を超えて〜 16ページ
60年以上も前から多くの人々を苦しめてきた水俣病は、過去の事件ではなく、同時代の歪みや矛盾が具体的な形で現われたものだ。その矛盾と歪みは、3.11の原発事故で、いっそう明確になった。国の繁栄、国際的な競争力の強化、大勢の人の快適さの為には、少数が犠牲になってもやむを得ないという空気。そして、消費経済の発展こそが、幸福の要であるという、この期に及んでも拭い取れない錯誤。一人の写真家が、60年近く、この受難を追い続けたことで、真理が、闇にまぎれることなく、伝わってくる。
写真・文章/桑原史成
☆闇の彼方へ 13ページ
巨大なフィルムカメラで撮影し、プラチナプリントの密着焼きで制作された様々な動物の頭蓋骨。こういう写真を見ると、写真の力というのは、化学反応によって時間の連続性を静止画に閉じ込めることによって生じる濃密な物質感にあると感じる。骨格というのは、実に不思議だ。骨になると、肉の時よりもさらに物質感が増す。肉は、いろいろな意味を纏いすぎている。それらの意味を削ぎ落していくと、物質つまり原子の塊であることが、より強く感じられるのだが、その原子の塊は、じんわりと何かしらのエネルギーを放出している。それは肉体に包まれていると聞き取りにくい声。その声は、肉体をまとう自分の内側にも響いており、”魂の声”といっても差し支えない。井津由美子 HOMEPAGE
☆BREATH 18ページ
人間が生きていく上で、呼吸は必要条件であるが、人間は、地上では、呼吸していることを忘れる。呼吸していることを忘れているように、生きていることの価値や意義も、忘れている。生と死の狭間に立った時、人間は、それまでほとんど忘却していた大切なことを思いだす。臨終の際まで行かないと思い出せず、思い出した瞬間、生を終えるということもある。死を知らずして、生を知ることもない。生きていながら死を知る術は、人間にとって奥義と言える。写真・文章/池谷友秀
HOMEPAGE
強烈なフラッシュバルブの輝きの中で
死をふくんで
化石たちの子孫として
あんじゅ、あんじゅ、さまよい安寿
死の味
フジツボのように
トゥールの掟の門前で
マチゲンガの暮らし④
茂木健一郎
小池博史
蛭川立
姜信子
田口ランディ
管啓次郎
今福龍太
関野吉晴
<企画趣旨>
一九世紀末から二〇世紀にかけて生きたオーストリア・ハンガリー帝国の思想家ルドルフ・シュタイナーは、「緑は、生命の死せる像」であると書き、志村ふくみさんは、この言葉によって、世界中にこれだけ緑が溢れているのに緑の草木から緑色が染まらない謎が解けたと言う。緑は、死を帯びた色なのである。古代エジプトにおいても、死を司る冥界の主オシリス神の顔は緑色である。
花もまた同じである。花は、開花した瞬間、既に死を帯びている、だから、花から花の色は染まらない。桜色は、花びらからではなく、花が開花する前の木の枝から染め出すことになる。
花も緑も、狂おしい程に自らを出し切っている。連続する命の節目にあって、”必死”であり、目の前に迫る死が、生の艶やかさを浮かび上がらせる。
話は変わるが、蜜蜂の働き蜂は雌であり、雄蜂は、餌を取る等の仕事をせず、たった一回の交尾の為だけに生まれてくる。新しい女王蜂が交尾期を迎え、空に飛び立つと、あちこちの巣から無数の雄蜂が飛んできて、死に物狂いで女王蜂を追いかけ、次々と交尾を試みる。交尾に成功し精子を放出した雄蜂は、性器を引きちぎられて死ぬ。そして交尾に失敗した雄蜂は、すごすごと巣に帰ると、働き蜂に追い出されて餓死する。交尾の為の何回かの飛行でたくさんの雄蜂と交尾をした女王蜂は、体内に精子をたっぷりと溜め込み、毎日千個以上の卵を生み続け、長いもので六年生きる場合もあると言う。
蜜蜂の社会は、交尾の数だけ雄蜂の死がある。そうした社会を形成して、数千万年、命をつないできた。雄蜂の交尾は、まさに、”必死”であり、壮絶な死と生の交換である。
自然は、生と死を別々のものと分けることができない。一つの死は必ず他の生とつながっており、豊かな自然風土の中で育まれてきた日本人の感受性は、そうした本質を見抜いていた。桜や紅葉に死の陰を見ながら、その美しさを愛でることは日本人の得意とするところである。
しかし、その美意識が、軍国主義の玉砕の潔さと重ねられた過去の失敗を、我々は観念の中でずっと引きずっており、「死は、讃えられるべきではない」と、意識が固定されている。
確かに、死を特別に讃えることは、生だけを讃えることと同様、片手落ちである。私たちが、花や緑にいい知れぬ感動を覚えるのは、花は咲いて散り、緑はやがて枯れる宿命の中で、真っ直ぐな必死さで、ほんとうの生を現しているからだろう。私たちもまた、花や緑と同じように肉体があるかぎり常に死と隣り合わせで、それだからこそ、連続する命の節目で、ほんとうの生を全うしたいと本能が願っているのだろう。生と死は一方だけ都合よく切り離すことはできない。
自己の存在の弱さ、はかなさを知ったうえで、自分に与えられた力を精一杯に発揮して生きる人間の姿は、私たちの胸を打つ。そして、不条理に対して嘆いたり愚痴るばかりでなく、やれるだけのことをやりきろうという潔い気持ちが、湧き起ってきたりする。
生あるものは、いつか必ず死ぬ。個々の生は、長い歴史の中の一陣の風のようなものである。しかし、風は記憶に残る。生き残ったものは、死んでいったものたちの生き様を、自分の中を吹き渡った生々しい風のように記憶している。その記憶が、今この一瞬を生きる自分を支える。支えられることで、その力を、次に伝えたいと思う。今を生きるということは、連続する生の節目となり、死んでいくことである。