【風の旅人ナイト・第4回】
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対談/佐伯剛(風の旅人編集長)×山下大明(写真家)
2013年5月6日(月) 19:30〜21:30
会場:荻窪・六次元 書き起し/坂本謙一
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■佐伯
よろしくお願いします。
■山下
山下です、よろしくお願いします。
■佐伯
先に写真をスライドで見てもらいたいと思います。
山下さんの写真に、ウォン・ウィンツァンさんが音楽をつけたもので、大体10分くらいです。
(スライド流れる) ※注1
今のは最新作ですね。
今日来て頂いたお客さんの中には、屋久島のファンがいるかと思うのですが、このスライドには屋久杉がほとんど写っていません。
山下さんの最近のテーマは、屋久島の照葉樹林ですね。
緑に光るものが写っていましたね。あれは何でしょう?
■山下
落ち葉が光っているのですが、あれは発光キノコの菌糸が落ち葉に付着しているんです。
キノコの形になる前、ミクロの菌糸が、地下でネットワークを張り巡らしています。
樹木の根と菌糸が、細胞でくっついているんです。
根から吸収した栄養がキノコにも回っている。それでキノコが育つ。キノコは落ち葉を樹木に返す。樹木とキノコは共生関係にあります。
発光キノコの輝きは、命の輝きでもあるんですね。
■佐伯
屋久杉は1000年以上生きていて、枯れても1000年位は腐ることなく、そこで生きる生命の土壌となっている。自然サイクルの要ですよね。 山下さんはこれまで屋久島の自然のサイクルを屋久杉を介して撮っていて、今は、その焦点をキノコに移されたわけですね。
■山下
キノコの光によって、自然のサイクルが視覚的に捉えられるようになりました。
最近は、屋久島の照葉樹林は減っています。 川沿いに残っているくらいでしょうか。
照葉樹林は役に立たないとみなされているのです。 昔は家のそばに柊(ひいらぎ)など、他の樹木もあったのですが、杉などに変えられてしまいました。
■佐伯
日本は、戦後の焼け野原で大量の建築資材が必要になった時、成長の早い杉などを国の政策で植えていきました。 農家なんて、杉を1本植える毎に、補助金が出たりしてね。
そうやって照葉樹林が失われていって、杉などの植林が増え、今はこうして花粉症に悩まされることになる。そういう歴史があります。
でも実は、照葉樹林ってとても重要なんですね。
根が深くて大地をしっかりと繋ぎ留めている。根に保水力があり、雨が降ると、ゆっくりと川に流れ込むので、川が濁りにくい。 それから、森の湿度を維持しているので、生き物も多い。 建築資材としては不適当だけれども、生態系にとっては重要なんです。
山下さんは、写真家人生の中で、長年、尾瀬、屋久島をテーマに撮影していて、他のものを撮っていませんね。尾瀬と屋久島の共通点はどこにあるんでしょうか?
■山下
湿度と水でしょうか。
尾瀬のミズゴケは、1年に1ミリ重なっています。木の年輪と同じなんです。
尾瀬の湿原は、7000年かけて作られています。
■佐伯
なるほど、尾瀬の湿原と屋久杉は似ていますね。一年に1mmずつ積み重ねて、悠久の時を生きている。
今の日本は、尾瀬や屋久杉と違って、何をするにしてもスピードが求められますよね。
時代の価値観と真逆のものに惹かれるのは、若い頃からですか?
■山下
まぁ、屈折した高校生活を送っていましたからね(笑)
■佐伯
それ、聞きたいですね(笑)
例えば、どういうことでしょう?
■山下
17才の頃、担任と衝突したんです。
詳しくは言えないのですが、ある事件があって、その犯人に疑われました。
その時、教師との信頼関係が壊れたんです。
僕は決してそのような人間ではなかったのですが、担任から犯人と決めつけられました。
そして、ある日、担任が授業をしている最中に、後ろから鞄を投げつけたことがあったんです。
そんなことがあって、親しくしていた叔父が「屋久島でも行って、心を落ち着かせてきなさい」と言われ行ったのが、最初の屋久島との出会いでした。
屋久島の森を歩きながら、そこにある自然は、朽ちても生命を育てている、それが大人の姿だと思いました。 人を育てようとしない、あの担任はどうか、あれはいかんな、と。 (笑)
■佐伯
風の旅人の次号のテーマは「コドモノクニ」です。
子供の為にオトナが何かしてあげるという前に、オトナが恥ずかしくない人生を送っているか、という問いがポイントになっています。子供は大人の背中を見て育ちますから。
■山下
僕は17才の頃、しきりに大人について考えました。
その頃、自分は将来どんな大人になるべきか、考え続けていましたね。
■佐伯
今の日本社会には明るく賑々しい写真が多いですが、 山下さんの自然写真は、主張が控えめで、ある種の暗さがありますね。
■山下
大人って何だろう。
森を見ていると、そういうことばかり考えます。
だから暗いんだと思いますよ(笑)
■佐伯
山下さんは今はデジタルカメラを使っていますが、フィルムで撮っていた時はコダクロームを使われていました。 コダクロームは「暗く」見えるので、商業的には、「明るく」見えるフジのフィルムに負けてしまいました。 実際にはコダクロームの方が階調が豊かなんです。 情報量が多いと、暗い感じに見えます。それを「明るく」するのは簡単で、情報を割愛していけばいいだけなんです。本でもそうですよね。 情報量が多くて考え込まざるを得ない本は、「暗い」とか「重い」と言われて敬遠される。情報量が少なく安易なハウツーが書かれている本は、簡単に読める。消化しやすく、明るく軽くてとっつきやすい。その方が売れる。日本の森が照葉樹林から杉の森に変わっていった発想と、どこか似ているように思います。 目先の現実に対応することだけを優先するという意味において。
以前、山下さんは雨の日だけ森に入る、と言われていましたが、あれは理由があるんですか?
■山下
雨は森の生物を育てています。
だから、雨に打たれながら歩くのは、生き物に対する最低限のマナーという意識があるんです。
雨に打たれながら、対象物を探しています。
今は大雨の後、夕方に森に入っていきます。
■佐伯
夜の森に入っていくんですよね?
露光はどのくらいですか?
■山下
大体、10分位ですね。
撮影しているときは、明かりを全て消します。
そうすると、暗がりに見えるものがあります。
10分後に見えてくるものが、10分間の露光で見える世界です。
月の光があってもダメですね。
発光キノコは6月、7月に見られます。
この撮影は、デジタルカメラで可能になったので、フィルムでは難しかったと思います。
デジタルカメラを使っていますが、撮影後の加工は一切、やりません。
元々、デジタルカメラを使おうと思ったのは、それまで使っていたコダクロームの供給が中止になったからです。 フジフィルムを使ってみたのですが、色の問題でダメでした。
それならばと、デジタルで自分の好みの色が出るか、試してみたんです。
フィルムの時は、メーカーの出す色に自分の好みを合わせるしかありませんでした。
デジタルは、その選択権が自分自身にあって、自分の好みで出来ます。
■佐伯
デジタルの特性は、後から加工がやりやすいことですね。
デジタルカメラを使いながら、加工を一切行なわないというのは、とてもめずらしいですね。
■山下
機能が分からないから使えない、というのはありますね(笑)
でも、面倒くさいし、時間もないしね。
■佐伯
後で加工が出来ることを前提にして撮ると、撮る時の緊迫感が無くなるのかな。
■山下
撮る時点で決めてしまわないと、写真はダメですね。
■佐伯
山下さんは、21年前、屋久島に向き合うために、屋久島に住居を移されました。
■山下
身近に森を感じていたかったんです。
■佐伯
屋久島に惹かれる女性が多いですよね。
何に惹きつけられるんでしょう?
■山下
僕に聞きますか(笑)
う〜ん、何でしょうね。緑の優しさ?
都会の生活は心が乾く。
屋久島は、のんびり出来ますからね。
■佐伯
緑があって、のんびりするだけなら、他の森でもいいじゃないですか?
■山下
僕は未だに17歳を引きずっているんです。
大人を探すことを、未だにやっているんですよ。
日本の他の森ではダメで、やはり屋久島でないと。
■佐伯
日本の森は、杉ばかりになっています。
屋久島は、照葉樹林の森だから、いわば鎮守の森と一緒ですね。
神社に行くと心が鎮まりますが、そこに鎮守の森があるからこそだと思います。
特に日本人にとって、照葉樹林の森は、心のふるさとみたいなもの。
屋久島は、それが維持されていますね。
屋久島での生活は快適ですか?
■山下
山から水を引いているのですが、大雨が降ると、その水路を掃除しなくちゃいけないんです(笑)
でも、自然をつぶさに見る良い機会なので、楽しんで掃除しています。
落ち葉があると、どの樹木の落ち葉かな、足跡があったら、何の足跡かな、とかね。
考えるのが愉しいんです。
■佐伯
昔の人は、そうやって自然を観察していたんですよね。
そういう生活を通して、自然に対する感覚が研ぎ澄まされるのでしょうね。
■山下
それはよく分かりませんが、森を歩くのは楽しいですよ。
入っていけば行くほど、森が生きているのを感じます。色々なことを森が教えてくれます。
■佐伯
山下さんの話を聞いていて、関野吉晴さんから聞いたマチゲンガ族の生活を思い出しました。
マチゲンガ族の大人は子供に何も教えないそうです。子供は、大人のやることを見て自分で学んでいきますが、彼らの師匠は、自然そのものです。
■山下
僕は日本ミツバチを飼っているのですが、分蜂(ぶんぽう)がいつ始まるのかは、オスを見ていると分かります。オスが交尾飛行を始めると、4、5日以内に分蜂になります。
■佐伯
みつ蜂の世界の話を聞くと、男であることが情けなくなります。(笑)
みつ蜂の雄って、働き蜂の世話になりながら、女王蜂と交尾する瞬間の為に生きている。女王蜂が巣から飛び立つ時、後を追って無数の雄蜂が飛び立つ。そして、先を争って交尾しようとする。でも、うまく交尾できた雄蜂は、その瞬間、ペニスを抜き取られて爆死するらしいですね。数日間続く飛行で、女王蜂は無数の雄蜂と交わって一生分の精子を蓄える。そして、交尾できず、死なずにすんだ雄蜂は、すごすご巣に戻ってくるのだけれど、働き蜂に追い出されてしまうそうです。そうすると、今まで餌をとったこともないし、巣の外で敵から身を守る知恵もない雄は、野たれ死にするしかないそうです。悲しいですねえ。
すみません、少し脱線してしまいました。
月の光とキノコの話に戻します。
写真で見ると、発光キノコは大きく見えますが、実際はどのくらいですか?
■山下
親指の爪くらいでしょうか。3〜4ミリくらいです。
種類によって違うのですが、大きくても7ミリくらいですね。
■佐伯
普通に歩いていたら見つかりませんよね。
■山下
キノコが付く樹木は分かっていますから、昼間、その植物を探します。
そして、その植物が生えている沢を、夜に歩くと見つかります。
■佐伯
前回のイベントでは、水越武さんとお話したのですが、水越さんの写真は遠くにいる動物の小さな目にピントが合っているんですね。
どうやって撮っているのかと聞くと、動物の習性を捉えて先回りしているそうです。
動き回っている動物は、止まる時には、ピタリと動かずに完全に静止するんです。それがわかっているから、その瞬間を待ち、合わせているのです。
先を見る目がないと、ああいう写真は撮れません。
それと同じですね。
■山下
そうですね。
意識していないと、写せません。
■佐伯
山下さんは、知り尽くしている屋久島のガイドブックは書かないんですか?
もちろん書かないと思っているんですが(笑)、もし書くとしたら、どんなことを書きますか?
■山下
どんなことでしょうね。
菌類と共生している生き物とか、そういうものだったら書けると思います。
照葉樹で1年間かけるガイドブック、ですかね。
命の移り変わりは、簡単に伝えられませんから。知ってしまうと楽しいけれど。
夜の森は、基本を押さえれば、4〜5日滞在している人には見えると思います。
でも、命のことを教えられるかは分かりません。
数年通ってもらって、行った季節を繰り返すことで、その人なりの森の一年が分かるようになります。
■佐伯
生命のことまで理解しようとしたら、時間をかけないといけないんですよね。
食物でも、肥料を大量に与えて成長を促したとしても、美味しいものにはなりません。
美味しいものにするには、生命を追い込まないといけない。
それは非常に時間がかかることなんだけれども、今の日本はそのようなことをしませんね。 時間を短縮して出来た結果が、日本の国土を覆う杉林です。
全てに同じことが言えます。
■山下
同質になると、一気にダメになりますね。
屋久島も、僕が最初に訪れた30年前と、自然が変わってしまいました。
沢山の人が訪れるようになりましたから。
人が歩くことで、1メートル四方に熱を発散させていく。そのような感じを受けます。
鹿道を歩くと、案外壊されていないんですよ。
鹿はご存知のとおり、歩くときも軽く踏みしめますし、同じルートをあまり歩きません。
ひとつの道を、そんなに沢山歩いてはいけないのだと思いますね。
■佐伯
それでは時間がきたようなので、これで終了したいと思います。
本日はありがとうございました。
■山下
ありがとうございます。
※注1:ネットで山下大明さんの屋久島のスライドショーをご覧になる方は、こちらをご参照ください。
http://www.youtube.com/watch?v=UVdMwB3Sqe4
風の旅人ナイト 第3回 水越武(写真家 vs 佐伯剛(風の旅人 編集長)
2013年3月15日(金) 19:30〜21:30
会場:荻窪・六次元 書き起し/坂本謙一
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